超高速解法誕生の秘密
2006年12月10日
ついに、「超高速解法」が上下巻同時に発売!
受験生の間では、「青本・赤本」の愛称となる。

諸般の事情によりいったん絶版となるも、受験生からの熱いリクエストに応えて、2020年4月にAmazonで電子書籍として再出版決定! 
 

超高速解法とは?

 
秘密なのですからそう簡単にはお話できません(笑)、と言ってしまってはコーナーになりませんので、これから少ぉしずつお話していきたいと思います。

 ひとつ確実に言えることは「超高速解法」の原点は、私が十数年前に偶然身を置くことになった、とんでもなくレベルの高い「ある教育事業の環境」にあります。

そこには、今まで見たこともないようなとんでもない「勉強の怪物」たちが、「先生の側」にも「生徒の側」にもゴロゴロウヨウヨいたのでした。

怪物という言い方はいい意味で言っているのですが、そういった稀に見る本当に素晴らしい先生方や生徒たちとの関わりの中で、様々な形式の「実際の生の授業」を数えきれないくらい行う中で、実践的に鍛えられ、磨き上げた授業論や解法論が今の僕の出発点になっているということです。

 私が所属していたその「環境」は、当時いわゆる受験産業のトップ中のトップの位置にあったので、純粋な教育機関として世間一般から見れば賛否両論があり、内部的にも教育という理念と利潤追求という企業論理のバランスが保てるかという葛藤があったのは事実です。しかし、そういったこととはまったく関係ない次元で、まず最初にとにかく所属する先生方の「授業レベル」が非常にというか、異常に高いことに驚くばかりでした。(今でもあの先生方は「ほんとすごかったなぁ〜」と思います)

そこでは、詰め込み主義や根性論や結果オーライの勉強法では決してない「最高のプロセスが最高の結果を生む」という確固たる考え方ありました。そして、その考えを具現化する強力な指導カリキュラムがありました。また、同時に究極の職人芸を持つ超弩級の講師陣の技術を間近で見ることができました。その組み立ての緻密さに驚愕するような面白すぎる授業を毎日体感できたことは新米講師の僕にとって本当に幸運でした。

そして、そういう体験をもとに、僕なりに、授業において一番大事なことは「教える側と教わる側の思考伝達のマッチング」なのだと気づくことができました。技術的の面においても、一般には知られていないような恐ろしくもあるようなすごい解法テクニックを学ぶこともできました。そうやって、自分の講師としての力量をどんどん大きくしていくことができたのです。

それにしてもその場所は、その後、私が所属することになるいくつもの有名な塾や予備校などは比較にならないくらいダントツにハイレベルでスーパーハードな環境でした。

なにがハードかというと、まず、一週間ごとに「講師の成績評価」が0.1点刻みで張り出されるのです。しかも全国ベースで。これは、ほんと心理的にめちゃハードです。笑。

「講師の成績」とは何かというと、その週に行った各講師の授業の評価をクラスごとのテスト結果をもとに厳正に数値化したものです。この数値算定基準は客観性が極めて高いので誰もその評価結果に文句を唱えません。有無をいわせぬなんとかの印籠のようなものです。ですから「成績」の悪い先生は、いたたまれずに自然と辞めていってしまうような状況でした。

講師として生き残るには、授業で生徒たちにその週の単元をいかに本質的に理解させることができたか、が問われます。そして、応用問題であってもそれを生徒が自分の力で解ける力をつけさせることが課題です。小手先の点数かせぎ法を教えてもはまったく役に立ちません。ですから、前日の授業計画と予習はほんと必死です。笑。最初の頃は、1回90分授業のための準備に何日もかけることもざらでした。

毎週日曜日の生徒へのテスト結果を受けて、翌月曜日に張り出される講師の「成績表」で標準レベルを継続的にクリアできたなら講師としての「質」の部分がなんとか及第点ということで、次は「量」の洗礼が待ち受けています。

例えば夏休み。
朝9時から夜9時まで90分授業7コマ、プラス1時間の補講(ここまで合計13時間)に、質問対応残務付きとか。笑。

当時を思い出しながらちょっと書いてみましょう。休み時間が10分(昼休み30分)ですから一日のスケジュールは・・・
90+10+90+30+90+10+90+10+90+10+90+10+90+10+60=780分(13時間)
とまあこんな感じです。休み時間は生徒の質問やらで実質休憩なしといってもいいですし、授業内容も生徒に既成のプリントをやらせて答え合わせと申し訳程度の解説をやって終わりなどという低レベルなことはもちろん許されないのですから、この1日7連チャンを3日とか続けると、さすがにグロッキー(死後?笑)だったですね。
それでも「講師は授業中はどんなに疲れても座ってはいけない」という不文律があったので、最後のほうでどうしてもつらいときは自分でも無意識に壁に寄りかかったりしてしまってました。笑

あれ、なにやらただの思い出話のようになってしまいました。。。笑
でも、これは単なるノスタルジーなどではなく、僕にとって、自分の講師としてのあり方や「超高速解法」の出発点を再確認するときに時折もどる記憶の場所であり、自分の原点なのです。

さて、最も大事なことをまだ書いていませんでした。それは、そこで出会った数学のK先生のことです。

僕が思うに、このK先生が日本で最も高い授業技術を持った先生のうちのひとりであることは間違いありません。K先生とお会いしなくなってから長くたちますが、今でもK先生が他に比べる人のないくらい素晴らしくも圧倒的な技量を持った先生であり、そんな方から何年も直接指導を受けることができたのは本当に幸運だったと思っています。

当時、最上位クラスでの授業見学をさせてもらったときに、その尋常ならざるスピード感とわかりやすさに驚嘆しました。そして、生徒の発言を臨機応変に授業に取り込んで授業を盛り上げながらも、決して脱線せずに緻密に思考を組み立てて合理的な筋道を生徒自身に見つけさせながら指導していく姿に脱帽でした。授業後には、その手腕に自分も早く追いつきたいと妙に興奮していたのを覚えています。

K先生の提示するヒントや誘導によって、何より生徒たちが、たった1コマの授業の中で、自分たちで自分たち個々の思考に合った解法を発見してどんどんできるようになっていく過程は感動的ですらありました。それがうわべだけでなく本質的な理解につながっていることが驚異にさえ思えました。その手法をすぐにでも自分の授業にも取り入れようと考えましたが、K先生の指導の方法論は奥が深く一朝一夕でまねできるようなものではありません。

新人講師となって最初の3ヶ月くらいは、全国の入試問題を過去20年間分以上ひたすら解きまくることから始め、同時に受け持った授業を必死にやりながら、その合間を縫ってさらに模擬授業を繰り返し、わからないことをまるで子供のようにK先生に質問してひとつずつ解決し、また自分なりの解釈によって吸収研鑽していきました。

そういう経緯の中で、新しい教え方を数多くの現場の授業で試して、そこでの生徒とのやり取りを随時フィードバックしながら、少しずつ僕は僕なりの感覚でまずは「とにかくひたすらわかりやすく教えること」を純粋に追求した独自のスタイルを作り上げていくことになります。

スーパーK先生に出会って教えを請うことができたおかげで、僕の講師としての運命は大きく広く開けました。K先生は、理系的思考だけでなく歴史の知識なども半端でなく、その他あらゆる事柄に造詣が深くてお話していてすべてがことごとく勉強になりました。そして、プライベートでも本当にお世話になりました。我が講師業の唯一のメンターとして尊敬し今でも感謝の気持ちを持ち続けています。

特に「解法」について、他所では決して得られない発想方法と技術を学んだ私は、その後、異なった環境に身を移します。そして、その新しい場所で、新しい生徒たちを相手に、問題をより速くより簡単スピーディに解く方法をひたすら追求し、加速度的に異次元の?オリジナル解法開発の道へ足を踏み入れていきます。実はそれが公務員試験の数的推理を「方程式を使わないで簡単に解く方法」=「超高速解法」の原点になっているのです。


・・・続く


             Super High Speed Method


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